意見を持つ、意見を捨てる

相手と衝突しない、意見を聞いて、理解を深め、更なる意見を生み出し、そしてその意見を捨てる

意見をもっていない人は naive だ。

事物に対する理解、考えを深めるために自分の意見を持つ。

でも、一旦、意見を持てたら、その意見はもう捨てる。
意見を持つと、他の意見と衝突しやすくなるからだ。

意見を持ったまま、相手の意見を取り入れるのは、現実的には難しい。
それより、自分の意見を捨てて、白紙で聞く方が簡単。

相手と衝突しないで相手の意見を聞いて、また理解を深め、考え、更なる意見を生み出し、
そしてまた、その意見を捨てる。

この繰り返し。

意見を持つのは、事物に対する理解、考えを深めるため。

(ガンジーやマザーテレサは、こんな人だったのだろうか?)

ジャッジしない:evolve 輝きを目指す

よく耳にする言葉で、
人を判断しない、自分の価値観で見ない、云々、、、
人と自分は別、ジャッジしてはいけない、する必要はない、云々、、、

ジャッジしない
心を広くする、薄く、透き通るほどに、境界が失くなるほどに、

これまでの人生、思い残すことは無い。
だから、
これからの人生、輝きを目指す。

ただし、私の輝く方法は、
ガンバルことでなく、
社会的なパワーを持つことでなく、
見知らぬ人たちのカリスマになることでなく、、、

ジャッジしない、存在が無くなるほど心を広くする、気付きで役に立つ、
姿勢を正す、オーラを増す

価値観を育てることは大事だ。
でも、十分に良い価値観を持てたら、
最後にはその価値観を捨ててしまえ!
価値があるとかないとか、
そんなもの、そんなことなどどうでも良い!
ジャッジしない!
自分の心を広げよう、薄めよう、相手と境がなくなるまで
風のように、雨のように思われるまで。

evolve:
ローズウッド 2
ティーツリー 2
ローズマリー 1
ゼラニウム 1

いろいろなものの価値を知る、自分の価値を知る

いろいろなものの価値を知る
自分の価値を知る

この2つを同時に学ぶことが大事です。

多くの人が落ち行ってしまう誤ち、それは

・手に入れるためには、失わなければならない。
・犠牲を払わなければ、欲しいものが手に入らない。

という考え方です。
そして、自分の価値観を持っていない場合、誰かの価値観で判断して、
自分の時間=命の価値さえ見失ってしまいます。

まず、「手放さなければ手に入らない」という考えは誤ちだと理解することです。
いろいろなものの価値が解れば、「プラスがプラスを生む」ことが解ってきます。
手に入れれば、さらに手に入るのです。

誰かのために、好きな事に全力投球し、素晴らしい結果を生み出し、知識とサービスと感動と喜びを与え、その感謝を体と心全体で受けとめ、報酬も受けとることが可能なのです。

ところが、まだ自分の価値観を持っていない未熟な人達は、同時に人に与えることができる価値あるものも持っていません。
だから、誰かの価値観で何かが欲しいと思うと、そのために、もっとも価値がある自分自身=命を売ってしまうのです。

私と同世代の人は、こんな価値を考えていました。
頑張って勉強して、大学を出て、就職して、結婚して、家を買って、子供を産んで、子供を大学に入れて、定年退職して、年金で暮らして、孫の顔を見て、死んでいく。

これは、自分で作り出した価値ではありません。その当時の世の中、周りの誰かの価値です。
でも、みんながその価値観を満たすために大いに頑張って、
今は、それを自分の子供に押し付ける人もいれば、うつ病になって去って行った人もいます。

人と話をすれば、すぐにわかります。
自分の暮らしの不平を誰かのせいにする人です。
それが自分の価値観を持っていない人です。

嫌なのに、
勉強したり、働いたり、家のローンを払ったり、妻と暮らしたり、学費を払ったり、会社をクビになったり、、、
嫌なことをする。
価値がよくわかっていないもののために嫌なことを無理に続けていると、
しだいに辛く耐えられなくなり、精神がおかしくなり、病んでしまうのです。

価値を知り、自分を磨き、自分のプラスを増やして行けば、自分の価値観に合うものごとが自分に増えていくことを知りません。

結局は
いろいろなものの価値を知る
自分の価値を知る
この2つを知ることから全てが始まるのです。

お金とは?

お金とは?

お金とは、あなたの選択肢を広げるものです。
食べ物でも、服でも、車でも、家でも。

しかし、お金は価値を表すものではありません。

高価だからといって、それがあなたにとって価値があるとは限りません。
高価なのは人気があるという意味です。
あなたは、あなた自身で価値観を身につけなければいけません。

お金は多いほうが良いか?少ないほうが良いか?

それには二つの面を考えないといけません。
それは、「お金を多く得る」面と「お金を少なく使う」面です。
それぞれに良いこと・悪いこと・考えることがあるので、「お金は多いほうが良い」と単純には言い切れません。

お金を多く得るには、

あなたがお金を手にする価値を持たなければいけません。

一時的には手にできるかもしれませんが、
長い期間お金を得ることを続けるには、それに見合う価値を持つ人間にならないといけません

そうでないなら、あなたは、あなたにお金を渡した人から恨まれます。
すなわち、
あなたは人生の多くの時間を「人としての価値を高めること」に費やすことになります。

お金を少なく使うには、

あなたはモノの価値観、そして人生の価値観を持たなければいけません。

「人が欲しがる」という理由であなたもお金を使えば、
みんなが使う合計をあなた一人で使うことになるので、すぐにあなたのお金は無くなるでしょう。
「人が欲しがる」ものを買いたくても買えないなら、あなたは嫉妬に気が狂うでしょう。

だから、
あなたは人生の多くの時間を「周りと比較しない自分を鍛え上げること」に費やす必要があります。

お金を多く持つと、

あなたはより多くのお金を使いたくなるでしょう。
美味しい食べ物、ブランドの服、高級車、大きな家。

しかし、多くのお金を使い続けるには、
あなたは、永遠にそのお金を稼ぎ続けなければなりません。

人生には良いときと悪いときの波があります。
悪い波はあなたを成長させる試練なので、かならずあります。

そのとき、あなたは
美味しい食べ物、ブランドの服、高級車、大きな家を失うことに気が狂うでしょう。

お金を多く持つということは、
人生に悪い波が来たときに、全てを失う試練を試されます。

お金を少なく持つと、

あなたは自分の無力感に打ちひしがれるでしょう。

みんなが手にして喜んでいる高価なものを羨ましがるでしょう。
しかし、あなたはお金から自由な存在になりつつあることを強く自覚しなければいけません。

使い切れないほどのお金が自由を生むのではありません。
お金を持つほどに、手にしたお金を維持する方法に悩まされます。

お金の価値を本当に理解したとき、そして自分の人生の価値を本当に理解したとき
あなたは、本当の自由と満ち足りた人生の入り口に着けるのです。

そこから、あなたが価値ある存在になるように自分をさらに鍛えていくのです。

お金では変えない、信頼、愛情、尊敬、羨望、自信、充実、幸福。
これらを手にする努力を始めるのです。

naive と教養:人は道を極めるため生きる、華美を求めるためでなく

人とは、そもそも naive であり( naive: ignorantly simple 無知、単純、うぶ )
だから、教養を積まなければならない。
それは、年齢とはまったく関係ない。
どれだけ年をとっても、naive のままなら、幸せを自身で定義することはムズカシイ。

教養とは、知っていることの数の多さではない。
教養とは、受け入れる力 → 自身で昇華する力 → 活かせる力。


人間がその知恵を働かせるということは、国家や社会のためである。
だがそこには人間としての「道」がなければならない。
電信を設け、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの機械を造る。
こういうことは、たしかに耳目を驚かせる。
しかし、なぜ電信や鉄道がなくてはならないのか、といった必要の根本を見極めておかなければ、いたずらに開発のための開発に追い込まわされることになる。
まして、みだりに外国の盛大を羨んで、利害損得を論じ、家屋の構造から玩具にいたるまで、いちいち外国の真似をして、贅沢の風潮を生じさせ、財産を浪費すれば、国力は疲弊してしまう。
それのみならず、人の心も軽薄に流れ、結局は日本そのものが滅んでしまうだろう

参照 http://ja.wikipedia.org/wiki/西郷隆盛